こんにちは、タビノネWeb担当のKです。

今日は、コーヒーを起点に「食の不思議」について考えてみたいと思います。

世界の珍しいコーヒー

世界中で愛されているコーヒー。

愛飲家の方であれば、より美味しく、そしてより珍しいコーヒーを探し求めてみたくなったことが一度はあるのではないでしょうか。

そんなコーヒー狂いならば聞いたことがあるかもしれない、「世界で一番美味しいコーヒー」。

それは、動物の「フン」から採集できるコーヒー豆と言われています。

豆を採集する動物は、ジャコウネコ(インドネシア)やアイアイ(マダガスカル島)などの猿の仲間、タヌキ(ベトナム)、ゾウ(タイ)など。

なかには、生理的な拒否反応を抱かれる方もいらっしゃるかもしれません。こうしたテーマが苦手な方がいらっしゃったら、ごめんなさい…。

けれど、そうした常識的・慣習的な「タブー」にあえて目を凝らしてみることで、「食」とは何か、そして食を含めた「生」の循環的なあり方のひとひらを垣間見ることができるように思います。

 

私たちの「食」はどこから来るのか?

たとえば、私たちの口に運ばれる「食品」の原点に思いを馳せてみましょう。

そもそも、食品となる前の食材とは、はたして「汚い」に対置される「綺麗」なものであったことが、かつて一度でもあったでしょうか?

食肉となる前の動物には皮や内臓や分泌物に寄生虫、微生物が、野菜や穀物となる植物には土やその土壌を育む微生物や動物の排泄物が、その生命を支え、ときに依存・略奪し合いながら共存していたはずです。

また発酵食品や食用菌類にかんしては、菌類の分解活動と繁殖の成果物であり、野菜や動物源タンパク質、あるいはまだ生命のある原木などを新たな生に置き換え、生から死へ、死から生へと繋ぐ際どい作業の究極の痕跡といえるでしょう。

 

自然から文化への加工、「料理」

それらを焼いたり煮たりと、いわば「自然」の側から人工の過程へと加工し、たとえば「料理」という文化に変化させることでようやく「食品」にし、再びそれを消化・排泄して「自然」の側に戻しているのが私たち人間です。

だからこそ、その文化から自然へと至るプロセスとは一見すると逆にも思えるような「珍しいコーヒー」の作られ方に、忌避感を抱くことがあるのかもしれません。

「自然」対「文化」。しかしこうして二項対立的に、そして対象を千切るように世界を区分する人間中心的な思考のあり方が、「タブー」を生んでいるようにも思われます。

そうした思考をすこしほどき、たとえば「動物たちの胃腸で起こっている消化と発酵の過程」を、自然の分解過程でありながら同時に文化的な醸成の過程とみなすこと。まさしく「贈与物」として、動物たちの体内での働きによる成果物を拾い集め、受け取ること。

 

贈与物としての消化物

ここでは、私たちは動物の身体そのものつまり「肉」を受け取るわけではありません。けれど、その身体で起こる生命活動のプロセスや、彼らの生態系の一部を受け取っていると考えることができるでしょう。

獣たちの体とその中に棲む微生物や菌類により、果実だけ消化されて発酵させられたコーヒー豆は、その体内で作られた消化液が染み込み、特別な味を生み出します。

採集可能な豆の量が限られていることから、その価格は通常のコーヒー豆の相場よりはるかに高くなりますが、それでも、動物、植物、菌類、そして人間の複雑に織りなす成果物の価値と考えれば、納得できそうです。

 

コーヒー豆から旅に出る

普段飲んでいるコーヒーから、思考の世界へと旅に出ること。

かつて「その場での旅」という言葉を唱えたフランスの哲学者がいますが、コーヒーを味わいながら普段自分が置かれている慣習から自由になることは、ただ身体を移動し、あらかじめ見たかったものだけを確認する「旅行(ツーリズム)」よりもずっと豊かで実りあることだといえるのではないでしょうか?

人間世界が、いまや自然に浸されつつあり戸惑いを感じる現在。だからこそ、一粒の贈与物としてのコーヒー豆を出発点に、食と生、そして自然と人間との関わりのあり方へと思考を試みる旅へ、出かけてゆきましょう。

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